雑談:仕事で忙しい
今日はお休み…!明日起きたら、しれっと今日の日記書いときます!
今日はお休み…!明日起きたら、しれっと今日の日記書いときます!
寒いな〜とは思いつつ、流石に1日2回は換気をしたいため窓を開けたところ、部屋の湿度が一気に28%まで降下。その後部屋を締め切って、湿度が50%まで回復するのを待ったあとにエアコン暖房をつけたら、湿度が40%くらいまで下がった。換気をしたら湿度が下がり、エアコン暖房をつければ湿度が下がる。湿度が下がったら喉に来て咳が出る。挙句、なかなか温まらない部屋……!狭い部屋なのに何故……!などと、去年はどのように冬をやり過ごしていたか思い出せないまま1日が終わってしまった。家の環境が気になって読書に手がつかないようでは、もうダメなのよ。
エッ、これ広い家に住んでいる人はどう対応しているんです?と思ったけど、おそらく広い家に住んでいる人は、高断熱・高気密の建物でもあるだろうから、そもそも寒さ暑さ乾燥湿気に強い作りの建物なのかもしれないな。今度引っ越すときは、このあたりの条件も気にするようにしよう。
今週は思いっきり風邪をひいていた訳だが、原因の一つ一つを洗い出ししていた。考えられる原因は以下の通り。
うーん!振り返ってみると全然ダメだった!
とりあえず、慢心と貧乏性は性根から来るものなので今後は意識して直すしかないのだが、(6)のPCデスクの位置が悪いと言うのは物理的にすぐに直せば済むことだったため、今日は家具の配置と、ついでに掃除の整理を行った。ダイエットも暖かくなるまでストップしよう。やったあ〜!
心理学か〜なんか兄弟姉妹間でのそういった論文でもあるのかな、著者は大学の心理学の先生とかなのかな、と思って読んだら、普通に心理カウンセラーを名乗る著者の主観っぽい本だった。そんなことある?現代社会のエビデンスとやらに毒されて生きているため、手相や占星術、血液型占いと同じような「いわゆる現場の統計学ってヤツですよ」理論の新刊に出会うのは久しぶりで、返って新鮮に感じてしまった。
昔、兄か姉が欲しかったなあ〜と言うことを思い出した。
兄弟姉妹がいたり、一人っ子で兄弟姉妹がいなかったりすることは、確かに人格形成に影響を及ぼすだろうな〜と思う。身近にいる人間の影響を受けない方が難しいし、それに染まったり反発したり、嫉妬したり支配を避けようとしたり、そういった反応は各々にあるだろうなあ。その反応を兄弟姉妹の関係まで狭めてパターン化しました、みたいな大衆受けするコンテンツで、週刊女性自身のコラムにあっても全然違和感がない内容だった。
目次から適当にそれっぽいタイトルを拾うと「なぜ妹は姉に嫉妬されるのか」「母も加えた女同士の争い」「弟を巡る母と姉の争い」「同性三人きょうだいの異性化」「なぜ三人きょうだいの真ん中は孤独なのか」「姉がいる弟は女性に幻想を抱かない」などなど。これらのタイトルから連想されるような内容が展開される。
私が10〜20代の頃にこの本を読んでいたら「ウンウンそうだよね……姉と妹の関係はそうなるよね……」みたいな感じで頷けたとは思うのだが、一人暮らしのまま30代半ばを過ぎると、兄弟姉妹が実生活の視界に全く入ってこないから、性格形成や感情抗争云々の話が既に過去の出来事になって忘れてるんだよな。だからこの手の泥沼心理学も、うっすら身に覚えっぽいものがありつつも、とくに実感が湧かなかった。人間の性格はいろんな要素で日々変わったりするからなあ。必ずしも、兄弟姉妹の順番と位置だけで、死ぬまでずっとこの本の主張の境遇だとは思えなかったな。ただ、家族における自分のポジションのパターン化を受け入れることで、認知負荷が下がって気が楽になったり、あ〜これって私だけじゃないんだって思える人もいるだろうから、家族間での互いの距離が近いところにある人や、そういった悩みを持つ人には向いているのかも。
あっでも、私もこれを読んで過去の己の所業を振り返り、被害を受けた母や妹たちには本当にごめんね…と言う謝罪の気持ちは芽生えました!
以前、何気なく読んだ『日本の渚』という本が予想外の面白さだったことを覚えており、同じようなジャンルならこの本も面白いのでは?と言ったような動機で手に取った本。イラストや写真が多く、海に纏わる民話や事象の説明があり、フィールドワークを記述したものとはいえ学者さんによる厳密な考証ではないため、気軽に読めた。
読書:日本の渚 -失われゆく海辺の自然- / 加藤真ビーチコーミングという言葉を全く聞いたことがなかったので、定義をググったところ、以下の通り。
ビーチコーミング(Beach combing)とは、海岸などに打ち上げられた漂着物を収集の対象にしたり観察したりする行為。漂着物を加工したり標本にしたり装飾にしたりして楽しむ。
Wikipedia – ビーチコーミング
私は海の近くに住んでいるので、海辺に流れ着いた面白い漂着物(ゴミ含む)は、よく目に入る。ハングル語で書かれた面白い飲み物のペットボトルや、大きい貝殻など、なんとなく反射的にカメラを向けてしまうこともあった。そんなノリが講じた有志によるフィールドワークがビーチコーミングなのかな。私はそこまで漂着物に興味関心を持ったことはないのだが、この本で紹介されている漂着物は多種多様で面白かった。次に海辺へ行く際は、漂着物にもっと目を向けてみようと思う。
以下、面白そうだったものメモ。
・海漂器:瓶に手紙とかが入っているヤツねと思っていたら、政治宣伝ビラと、それを読んでもらう為の日用品などが入ったメディアとして使われていた瓶が海漂器というらしい。まだインターネットがなかった時代の政治メディア…!!
・アメリカからのビン:今度こそ瓶に手紙とかが入っているヤツねと思っていたら、海流か何かの調査の一環でアメリカから放たれたものらしい。どこに辿り着いたのかのお手紙を出して欲しいらしく、切手代として1ドル入ってることがあるようで、これはまだ良心的と言える。
・巨人:大昔、3mの女のような巨人の遺体が流れ着いたことがあったらしい。巨人!?!?急に世界観変わったが大丈夫か、ここは日本だが!?と思っていたら、まあ多分クジラか何かでしょう、とのこと。こうやって民話は作られるんだなあ。
・マンモス:急にマンモスってタイトル出てくるの笑ってしまうのよ。正確にいうと、マンモスの化石(奥歯?)が漂流物として流れ着いたことがあったらしい。
こんなところかな。趣味・愛好としてのビーチコーミングについてがメインの話題になるので、以前読んだ『日本の渚』の先生みたいな、「決して人間を滅ぼせる力を与えてはいけないタイプだなこの人」みたいな的な雰囲気は感じない(『日本の渚』では、環境破壊しまくる人間への怒りを終始感じていた)。と思ったら、やはり海の悲鳴が聞こえてしまうようで、最後の方で海の自然破壊、プラゴミ問題などに触れていた。分かる……海へ行くと、人は愚かな人間を滅ぼしたくなってしまうのかもしれん……(ゴミとか多いし……)