「2022年11月9日」の記事一覧

読書:歴史学者という病 / 本郷和人

水色チェックマークのあるタイトル作品のネタバレを含みます

東京大学史料編纂所にお勤めで、専攻は日本中世政治史・古文書学といういかにもな歴史学者の先生が、「歴史とは何か?」や「歴史学とは何か?」ではなく、「歴史学者とはどう言ったものか」、もっというと「本郷和人はどのような成り行きで歴史学者という病を患ったのか」という人生に焦点を当てた本。

歴史学者という病 / 本郷和人

今年読んだ中で一番、書き手の性格の粘着力を感じてビックリしちゃった。今の歴史学者としての立場に至るまでの恨み辛み、あと妬み嫉み、とりあえず全部書いときましたよ!みたい欲張りセットを、よくこんなにもオープンに書けたもんだな。とはいえ、年配の方ってそういう遠慮のないことするようになるよな〜という偏見が私の中にあるので、ある意味スッと入りはしたが、それでもこの本が面白いんだから、凄い力量だよなあ。

歴史学って大変だ。
まず数学のように答えが一意ではない、正確かどうかも分からない史料をひたすら、大量に読み漁るのは前提条件として、そこから深く掘り下げ、同志との討論で気付かされたり掘り下げたり対立したりて、鋭い気づきと深い思考ができるように、長い期間自分を飼わなければならない。
そして若者にも人気がない。学生からは「歴史は暗記一色なので面白くない」もしくは「歴史は暗記すればいいだけ」と思われている学問だが、なぜこのようなことになってしまったのか。歴史は数多の角度から物語を繋げる面白さもあるのに。それはおそらく、学生たちが読む教科書が、暗記するように出来ており、考えさせるような楽しみが見出せないからではないだろうか……みたいなことを考えられた大学教授の著者が、教科書を読む学生に考えさせられるような資料を作って高校教師に提出したところ、却下されてしまうという話も身につまされた。高校教師らに却下の理由と問うと、「全部覚えないとそもそも大学受験に受からないから」と返される。歴史を暗記ものにしたのは、我々の大学の在り方なのか?みたいな落胆は泣けるものがあるし、大学を卒業したその先にある社会というコミュニティや国家からは「ITと英語が使える即戦力」を求められるのも、「そうだよな…」ってなるもんな。
少なくとも、社会が学生らに求めるものとして、日本史などの優先順位は相当低いだろう。それでも学者たるもの、研究のためには研究費の予算が必要で、組織へのプレゼンテーションを覚え、後進を見つけて必死に育てなければ、歴史学の歴史も乏しいものになり……と、詰んではいないけれど、明るい希望が見えない世界なんだなあ……と思わされた。

それにしてもこの先生は、どうしてこの歴史学という分野に入ることになったんだろうか、という話については、本のメイン筋になるのでちょっと纏め切れないのだが(個人の人生は纏めて体形立てるものでもないしな)、以下、面白かった箇所のメモ。

・どうしても見せて欲しい史料があって、どうしても見せてくれない寺の住職をなんとか口説き落とそうと試行錯誤した結果、その史料が昔ブラックマーケットで入手した類のものかもしれない……という噂が檀家から入ってきたところ。知らない方がいいこともある類。
・歴史とは、誰しもその物語性に魅入られて始めるものだが、学者として、また科学としての実証性を求めるにあたり、大好きな歴史の物語性を敢えて捨てなければ進めないという最初のくだり。
・歴史というのは、その時代を代表する偉人やエリートだけで構成される世界ではなく、それを支えた当時の民衆を含めて「みんな」というもので出来ている。
・若い頃、著者がゼミで政治的な活動をする人を追い出していたら、今度は就職希望先に追い出した「左」側の人々を多く見かけて「終わった……」と思ったところ。
・お世話になった先生が、民俗学の柳田國男のお弟子さん(また柳田國男御大!?ここ一ヶ月で3回くらい唐突に名前が出てきているんだけど!?)
・著者の配偶者である方の「サステナビリティ(持続可能性)は、答えを出してはいけないもの」であるという指摘。これは分かる。正解を出すと、そこで終わってしまうことってあるな。一意の答えしかないものはそれで良いが、解釈や考え方、数多の視点によって、その考察や仮説を未来永劫深め続けていくことはできる。ある意味、これが永遠の美の残像なのかも。
・根源的な死への恐怖、美への尽きぬ憧れ。時代の風化にも耐え抜く超越的な仏教美術に見せられ、それが歴史への興味につながること。美という存在を、死の恐怖を乗り越えるための軟膏として受け止めていたことに気づき、恋愛も美も、生きた証を空間に残すことなのだと考えたところ。誰しも善いものは永遠であってほしいし、永遠に続く限り、その善いものから影響を受ける人間が後々にずっと続くのなら、その流れの一つであった甲斐もあるもんな。
・歴史学のマネタイズの在り方について、唐突にPodcast番組の『コテンラジオ』(歴史教養系番組)について最後の方で言及していたの、めちゃくちゃ面白くてウケてしまった。著者の先生、コテンラジオの共同作業者なんだ!?