さわやかな闇
翻訳業をやりながら義両親の介護をし、突然死した兄の部屋を片付け、双子の男児の世話もする、そんな著者の人生を綴ったエッセイ本。40本のエッセイの最後に読んでいる本の紹介もしてくれるので、二度美味しい〜と思って読み進めたが、文から匂う生々しさに、やや著者が心配になったりもした。共働きしながら子供育てて認知症の入った義母を介護して、家事もやって料理もやって、しかしながら老いも感じ、病気も患い、一人の時間も乏しく……という、この世代ではごく当たり前なのだろう生活風景も漠然とした不安を感じるのだが、父母兄と次々に亡くなって、飼っていたペットも次々親の手によって遠くに葬られたことを思い出したりしていたりで、著者の周りに生老病死と愛別離苦が身近にありすぎる。そうなると文はかえって生々しさが増すのかな……。
エッセイ自体は面白く、スイスイ読める。本人はメンタルが強い方だと自負しているようでネガティブすぎる発言は出てこないのだが、エッセイで綴られる人生はまあまあしんどいものが多いように見え、なんだろう、篠原ともえの光属性っぽさが強く見えれば見えるほど、その後ろに濃い闇を見てしまうのに似ているみたいなやつ?(???)辛い過去を思い出し、内省を繰り返した上に、その心情を隠さず書き記す仕事をしているようなので、心情を言語化しすぎていることが、ある意味この著者の個性なのだろう。頭の中から湧き上がる大量のモヤモヤをアウトプットして外に出すのが当たり前になっているのかな。言語化すると整理はつくけれど、その分記憶の底に丁寧に仕舞われる。言語化できないことは忘れてゆくのに対して、整理された思い出はいつでも思い出せる状態になってしまうのでは。書くことを生業とし、己の全てを記すことを譲らず、忘れないことを選んだ生き方は素晴らしいと思うが、この人は本当にこの先大丈夫なんだろうか?本人は今は大丈夫っぽい雰囲気だけど、これは漠然と、ただただ毎日軋み続けるしかないやつでは。勝手に深読みしてしまい、勝手に心配になってしまったりした。……これはあれじゃん、まさに著者と同じ傾向のやつだな。
まあこういう的外れな心情を抱くことや明後日の方向に進む感情移入、読み終わった後になんか「いや〜……やっぱ私は一人がいいな……ここまで人生が波乱万丈なのは絶対に嫌だ……」と厭世的になってしまうことも含め、エッセイを読む醍醐味を味わったといえる。